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極楽荘

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いつの間にか野球経験の無い親の少年野球blogになってしまいました

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劇場版「魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語」を否定する人たち 

ひさびさの投稿

(映画の細かい部分の理解た足りず間違った解釈をしていたいり、うまく書けてなかったので修正しましたが、これでも自分の言いたい事が書けた気がしません、、、、、)

去年の大ブームはアニメでした。アニオタでもない自分がちょっと語ってみたくなりました。


今まで何十年も漫画は山ほど読んでましたけど、アニメはどうにも入りづらくて小学生以降はジブリとエヴァくらいでした。時かけ、サマーウォーズも好きですね。

だいたい、昔から自分の活動時間が安定してなくて、1週逃してもかまわないバラエティは見てたんですが、ドラマとかアニメとかの毎週放送する続き物って見れないんですよ。毎週欠かさず見ていたのなんて、高校生の時くらいです。サンレッドはニコニコで、その週の間はいつでも見れたから全部見れました。最近はそういうスタイルが増えていいですね、キルラキルとかもニコニコで見れるし。

まあ、TV自体を取っ払っていたので見たくても見れなかったんですが、ひょんな事からTVをもらってよく見るようになりました。しかもHDDくっつければ録画出来ちゃうなんて知らなかった自分にとっては、浦島的な驚きがありました。



そんで見始めたのですが、なんといっても去年は「進撃の巨人」でした。

もう毎週楽しみで楽しみで、カミさんと一緒になってワーキャー言いながら見てました。

それで、アニメについてちょっと興味が出てきてて、うちの会社の元アニメオタク(去年から韓流)な女の子に「なんか面白いの知らない?」って聞いたら



「まどマギっすね」



とのお答え。

「あ~、今、映画やってるんだっけ?」と思い、ちょうどMXでやっていた再放送を見てみました。

本当に序盤のうちはイライラしてたんですが、3話目以降どっぷりと引き込まれてしまいました。
ラストについても語りたくないので、ちょっとでも興味が出た人には見てもらいたいです。


とりあえず、3話まで見てほしい。出来れば連続で。


絶対に損はさせません。自分の言う事に90分とレンタル2本分を賭けてみてほしい。


こんなに面白い話を見たのは久しぶりでした。



映画版のネタバレ無しの感想として、


変身シーンが最高!!!!特にまどかがクッソ可愛い!
この年になって「萌える」を理解出来たような気がします。ブヒブヒ、、、


(ここからはネタバレあり)







TV版見てたときは


最初:これ本当に面白くなるの?

3話目:ファッ!

それ以降:いつ魔法少女になるんだよ。
まあ、理由付けが大事だから家族の誰か死んだりするんだろうな、、、

10話目:ファッ!!!

ラスト:オーマイガーッ!!!!


こんな感じでしたねw

物語構成も展開もラスト最高でした。これは面白い!!!と思って、そんで先日劇場版を見てきたのですが、、、、、、





見ている時の気持ちの流れ


いつの話???説明無し??微妙に薄気味悪いな、、、、

変身シーンすげー。

まあ、これはこれで見たかったものでもあるか、、、、

こう来たか、ふむふむ。うる星やつらなわけね。(まだ冷静)

映像すげー(マミほむ戦闘)

そういう事だったのか!!(ほむら気づく)

だ・ま・り・な・さい~~~(QBの説明、情報量についていけなくなるw)

テロ・フィナーレ!!!

良かったね~(お迎え)




!!!!!????





わけがわからないよ!!!!!!!!(展開についていけなくなるw)



。。。。。。。。。。。(口ぽかーん、、)



こんな感じでしょうかw

ラスト10分前ですら映画の密度のすごさに長く感じたのに、ラストはもう魂抜かれたみたいになってしまいました。

こんなに衝撃を受けた作品なんて、ちょっと思い出せないです。
もう脳天突き抜けるくらいの衝撃でした。こんな盛大なちゃぶ台返しを見た事がないですwww



ネタバレは事前には一切見なかったし、前情報もCMくらいしか知らなかったので、こんなすさまじいモノが見れるとは思ってませんでした。この年になってしまうと、安定を求めてしまう部分が多くなって、なかなか刺激的な事に手が出せないんですが、まさか、この作品が今まで見たものの中で最大級の衝撃作になるとは思っていませんでしたね、、、、


まあなんつーのかな、、、、続きのありそうな展開でしたね。最後の墜落シーンは、自殺ではないと思っています。



そんで映画見てから考察サイトなんかも見回って、ようやく話を理解して、さらに昨日は2回目を見てきました。結末を知ってから見るほむらの姿が泣けます。でも、そういったサイトを回って自分も気になる点がありました。



この作品を受け入れられるか、受け入れられないかという点についてです。

主に考察を書いている人たちは、受け入れているのですが、映画レビューなんかを見ると「こんなのが見たかったんじゃない」という意見がかなり見つかります。


なぜ、受け入れられないのかについて考えてみました。



最初のTV版は大団円のラストを迎えました。「やられた!!その手があったか!!」って感じでした。自分もその時は感動していたんです。でも、新編を見た後に冷静に考えると、あの結末って良いのか悪いのわからなくなってきました、、、、

何がというと、、、

まどかは、現在の自分の自己犠牲と消滅によって全ての魔法少女に対して「魔女にならない」という点だけを救ったが、最終的には円環の理に迎え入れるという選択をした。

つまりラストの後も結局みんなはまだ魔法少女やってるわけです。人間じゃない。ソウルジェムの中に魂を持った魔法少女です。

魔法少女として生きろって事です。

でも魔法少女は少女でなければ成立しない。もちろん成長してか死んでも良いのだけれど、それは魔法少女ではない。つまり魔法少女ってのは物語的には、闘いの末に成長する前に死ぬ(もしくは物語が永遠に続いて戦い続ける)って意味でもあるはずなんです。


あなたたち(魔法少女)は原罪(ソウルジェム)を背負っているので、私の考える生き方を(魔法少女としての戦いをまっとう)すれば最終的に救ってあげますよ(円環の理)という、よくよく考えてみると超上から目線だ。

キリストみたいなもんです。生身の人間の考えを超越してる。
神様なんだけど魔法少女の運命を「正しい」とする神のエゴとも思えるのです。


それがまどかの選択した「願い」なわけなんです。


そして再編された世界にまどかはいない。親や兄弟ですら、まどかの存在を知らない。
さらにほむらは最終的にまどかを誰も知らない世界で魔法少女やってる。「かつてあの子が守ろうとした世界」を守っていても、最終的には全く希望が無い。会えるのは死んだときだけ。

じつはこんな感じで、「救済」が「人としての幸せに繋がってない」という弱点がある。特に自分にとって最も大事なはずの「最高の友達と肉親たちの幸せ」に対して。



この献身的な少女の一見純粋な正義と愛の選択がTV版の最大の肝という事なんです。



そしてまどマギ初回放送じからずーっと好きだった人というのは、おそらくそんな状況を理解しながらも、まどかの純粋性を尊いものとして見ているのだと思う。



つまりこれって宗教ですよ。



信者たちは、まどかという少女の人としての幸せなんかより、まどかの献身的な犠牲をあがめてたんです。何年も。



もちろん、その信者たちが待ちに待った新編で望んでいた事は




ほむらが死んでまどかと再会する事を望んでいるという事




に間違いないでしょう。





実は構想段階では、それをやっておしまいにするはずだったらしい。それだったらこんなに賛否両論にならなかったんでしょうね。ファンも幸せ、興行収入もそこそこ行くだろうし、制作会社だって潤う。


ところが!


そんなファンに対して、新編でかつて存在しないくらい壮大なちゃぶ台返しをやってのけてしまったというのが、この映画のすごい所なんですw



新編のラストでまどかを救う為ならどんな選択をしても構わないというエゴを貫き、まどかが作った世界を自分勝手に書き換えてアルティメット悪魔ほむらとなってしまいます。

狙ったのかどうかわかりませんが、結果的にほむらの選択は全員を人間世界に戻す事が出来た。


------------解釈の分かれ目---------------

実はここで戻ってきた世界でソウルジェム指輪をまどか以外がつけているらしいのですが(気づきませんでしたw)、これは「指輪=魔法少女」という意味ととるべきなのか難しいです。

ほむらは「普通の人間としての人生を歩めることに感謝しなさい」という言葉を使っている。「人間世界」ではないのです。つまり魂がソウルジェム内入っていないかもしれない事を示唆している可能性があります。

さ「あんた、自分が何をしたかわかってるの?」
ほ「あなたはすべて理解しているようね」
さ「あんたは円環の理の一部をもぎ取っていった。魔法少女の希望だった救済の力を」
ほ「奪ったのは断片でしかない。まどかがまどかでなくなる前の人としての彼女の記録だけ
  どうやらあなた達まで巻き添えになって元の居場所に帰れなくなった よ う だ け れ ど?」
さ「何の権利があってそんなことを?」
ほ「いまのわたしは魔なるもの。摂理を乱し、この世界を蹂躙する存在。
  神の理に抗うのも当然のことでしょ?」


すくなくともさやかは、ほむらがした事に対して怒っていて内容を理解している。そして「巻き添え」をくらって戻ってきているので、人間世界での状態は指輪をしていないまどかと同等だと考えられます。だからさやかの指輪(自分では未確認ですが、、、)は、魔法少女である事の証明にはならないのではないかと思われます。



さ「あんたは円環の理の一部をもぎ取っていった。魔法少女の希望だった救済の力を」



まど神様の考えていた魔法少女としての幸せ(円環の理)の一部がどうやら損なわれたようですが、どのようになっているのか内容はまだわからないですね。もしかしたら、魔なるものとしてその「濁り」を吸い取っているのかもしれないですね。まど神のように、、、、


最も自分の好きな考察はここです。


~~~~引用~~~~~~~

魔女化したほむらが自分自身(グリーフシード)の中に展開した魔女結界に宇宙全体を取り込んだものではないか

~~~~引用終り~~~~~

そしてその力をダークオーブ内に持って、悪魔となったほむらは裏切り者の名を受けて全てを捨ててインキュベーターからの侵略を守るデビルマン的展開に、なんてwww
どちらにしても、続きを作ってもらいたいものです。

こんな感じで、新しい考察を目にするたびに、自分のあいまいな理論がブレていきますwww
まあ、それはそれとして、、、、、

------------解釈の分かれ目 ここまで---------------


どちらにしてもみずから魔なる者として生きるという業を背負っても、その罪を受け入れる事が出来るならすればいいじゃないというスタンス。つまり生身の人間と同じ目線という意味でもある。

いいじゃないですか、こういうの大好きです。今回の映画でほむほむ派になってしまいました。





ところが、信者はこれを反則技と呼び、受け入れられないみたいです

まさに神に対する悪魔の存在と言ってもよい。


つまり、ほむらはまどかに「救済されるべきだった」と言いたいわけで、簡単に言うと


「おとなしく死んでおけ」


って言ってるんです。あれだけまどかの純粋な気持ちに心を打たれた人たちが。



やっぱり宗教ですよね。まど神様の決めた通りにしなさいって。


オウム真理教の人へのインタビューを見た事がありますが、非常に似たような構造の考え方に見えてきます。




こういった反応の違いにおいて、最も重要なポイントはなんなのだろう。考えてみると、「純粋でありたい」という気持ちなんだろう。



新編否定派の意見でよく見る意見で、否定しているのはここです。


・エゴで神を人に戻した事。
まどかの純粋さにくらべて、ほむらがした事は自分勝手に見えるらしい


・神の力の「神話性」を貶めたこと
TV版で感動した尊い選択によって得た力が、「あれ?こんなに簡単に干渉できちゃうの?」「実はたいした事なかったって事なの?」と思ってしまったようです。


気持ちはわかります。「俺達(私たち)が感動したものは、なんだったんだ!!??」ってね。


もうちょっと深く考えてみると、要するに「自分が信じた綺麗なモノ」が「そんなに崇高なものでもなかった」という怒りに近いと思います。


たとえて言うなら、「この世に愛する人はあなただけって言ったのに、最終的に浮気されて罵詈雑言を浴びて、こっぴどい振られ方をした」という形に似ています。
恋愛だって小さな宗教みたいなものですからね。

アイドルなんかでもそうですね。「処女だって言ってたのに、実はヤリマンだった」とか




自分の事は置いておいて「綺麗な純粋なものを信じる自分」が好きなんでしょうね。
だから「信じてたのに!!!!」と、なってしまう。


魔法少女の運命を「正しい」とする神のエゴは良くても、まどかだけは絶対に助けたい、この世界で一緒にいたいというエゴは許せないんです。


アイドルの頑張ってる姿には感動するけど、その人の一人の女性としての幸せには怒りを覚える、と。



そして自分にとって都合の悪いものは受け入れられないんですよ、現在の状況を。

お泊りデートしてたアイドルが「泊まったけど、やってません」と言ったら、そっちを信じたいから信じてしまうんです。やってないわけないじゃないですか。

ここも本当にオウム信者に似ていると思いました。





「新編はファンへの裏切りだ」という事もよく書かれています。
そういえば、似たような状況が前にもありました。


阪神淡路大震災、オウムサリン事件、その頃のTV版エヴァと劇場版の反応。
TV版放映期間中にあった東北大地震、原発、TV版まどマギと新編の反応。


なんか共通点を感じます。


かくいう自分もエヴァの劇場版を否定してた過去がありますwwwww

言ってました
「こんなのエヴァじゃない!!」ってwwwwww
すみませんww




これはクリエーターの共通意識だと思うんですが、全てのクリエーターが面白いものを作りたいと思ってるはずなんです。面白いモノ、すごいモノ、驚かせたい。こういう気持ちが強いんでしょう。

ファンサービスの為だけに、わざわざこんな苦労してまでアニメなんて作ってるわけじゃない
だから、そこに住みつかれて、安住の地にされては困るなという面があると思う。困る、ってのはちょっと違いますね。そこで留まっていても、あなたたちに安らぎを与える責任を負うつもりはないよ、という意識かな。


実社会における傷が忘れられそうになった頃に、まだ作品の中に安住を求めてしまっている人達がたくさんいて、それに対するアンサーになる必要もあったのかもしれない。だから、どちらの監督もそれなりのラストを選択したんだと思う。

これが震災から間もない時期だったら、新編のラストは予定調和で終っていたのではないでしょうか?





この結末を受け入れられない人たちは、ファンという立場から「卒業」していくのかもしれないですね。この「卒業」の概念も「魔法少女」と同じように、日本独特のものだなぁと思います。



「純粋でありたい」「綺麗なものを信じる自分でいたい」という気持ちの根本は「若さ」ゆえでしょう。

おそらく今回の新編を否定しているのは、18~25才くらいではないかと予想しています。年をとれば、「これもまた人間なのよね~」となるのでしょうけど。


人の良い管理職が自分を犠牲にして会社を潰してでも「正しい」決断をする事が尊いのだろうか?その会社で働いている人はどうなる?家族は?
逆に人として最低な人間が利益を出して、会社に貢献していたりして、そこで働いている純粋かもしれない子供がすくすく育っている可能性もある。でもそういうのは見たくない、知りたくもないのです。すくなくとも自分の大好きなアニメの世界では。



若さも純粋さも悪い事じゃない。でも、自分の世界に閉じこもって、現実を見ようとしないというのは良いことではないでしょう。まあ自分の若い頃も、そんなようなもんだった気もしますから、別にそういう人たちを嫌って、否定する為にこんな文を書いているわけじゃないんですよ。



たしかに新編は、自ら視野を狭くして、自分は汚れないようにいたかった人達に、ラスト10分で思いっきり泥水ぶっかけるような行為でした。本当に意地悪な製作者だ。ひどいと思う。



しかし、だからこそこの作品は間違いなく将来も語り継がれる作品になりました。作品性だけで言えば、ヤマト、ガンダム、エヴァに肩を並べるくらいと言っても過言ではない(商業的には勝てないと思うけど)でしょう。




だから、自分が言いたいのは、「そんな作品にどっぷりハマる事が出来て良かったじゃないか」って事なんです、裏切られた事も含めて。ひどい振られかたをしたからって、その人を愛した事は良い経験だったというのと同じでね。


まど神様も言ってたじゃないですか「一人になったらダメだよ」って




これが、今回まどマギを見てから思った事です。

「もう~~を超えるものは出て来ない」と簡単に言ってたけど、そうでもないんだな~って事を思い知らされました。とても良い経験になったと思っています。



久々に長文を書いてみましたけど、文章に相変わらずまとまりが無く成長していないという点には目をそむけて、考えないようにしようww
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